結論から言うと、
品質に強くこだわる会社ほど、
社員が疲弊しやすいことがあります。
一見すると、少し逆説的に聞こえるかもしれません。
しかし産業医として企業を見ていると、これは決して珍しい話ではないのです。
「良いものを作る」
「手を抜かない」
「顧客に誠実である」
こうした価値観そのものは、もちろん素晴らしい。
むしろ会社として健全でしょう。
ただし問題は、
良い仕事をしていることと社会から評価されることは、
必ずしも一致しないという点にあります。
このズレが生まれると、社員のメンタルヘルスに静かに影響してきます。
品質が高いだけでは評価されない
多くの経営者はこう考えます。
・うちは品質で勝負したい。
・良いものを作ればきっとわかってもらえる。
・宣伝で盛るようなことはしたくない。
その姿勢は誠実です。
医療の世界でも似たような価値観があります。
「ちゃんと診療していれば患者さんには伝わるでしょう」
と思いたいところです。
しかし現実はそこまで単純ではありません。
市場ではしばしば、品質と評価は一致しません。
飲食店でも同じです。
普通の店が行列になり、本当においしい店が空いている。
こういうことは珍しくありません。
世の中の人は、味覚だけで店を選んでいるわけではないのです。
立地、看板、SNS、口コミ。さまざまな要素が評価を左右します。
評価は「品質×情報」で決まる
現代の市場では、多くの商品やサービスがすでに一定以上の品質を持っています。
すると消費者は
「おいしい」と「もっとおいしい」、
「丁寧」と「とても丁寧」
の違いを正確には区別できなくなります。
結果として評価は、品質だけではなく情報によって大きく左右されます。
つまり、品質が高いだけでは評価されないという現実があります。
知られていなければ、存在していないのとあまり変わらないのです。
教科書的には市場認知の問題ですが、
現場で働く人にとってはもっと切実な問題です。
このズレが社員を疲れさせる
この構造が企業の内部に入り込むと、
社員の努力と社会の評価が一致しなくなります。
高い技術を持ち、丁寧な仕事をし、顧客満足度も高い。
それでも知名度が低く、ブランドが弱く、価格競争に巻き込まれる。
こうした状況になると、社員の中にある疑問が生まれます。
「こんなに頑張っているのに、なぜ評価されないのか」
外から見ると真面目で良い会社です。
しかし内部ではじわじわと消耗が進んでいることがあります。
努力しても報われないと人は傷つく
心理学には「努力‐報酬不均衡」という概念があります。
人は努力と報酬、評価のバランスが崩れると強いストレスを感じます。
仕事量が多く責任も重く、技術を磨く努力をしている。
それにもかかわらず、
給与が上がらない、社会的評価が低い、誇りを持ちにくい。
この状態が続くと、モチベーションは下がり、バーンアウトや離職につながりやすくなります。
精神科医としての診療経験から言っても、
人は単に忙しいことよりも
「意味のある努力が報われないこと」に強く傷つくものです。
「良い会社」ほど疲弊が起きる
ここに少し皮肉な現象があります。
社員が疲弊しやすいのは、必ずしも悪い会社ではありません。
むしろ真面目で誠実、技術力が高く顧客志向の強い会社で起きることがあります。
こうした会社では、
完璧主義や強い責任感が組織の文化になりやすい。
妥協せず、期待に応えようとする。
その結果、長時間労働や過剰な努力が生まれやすくなります。
そこに社会的評価の低さが重なると、社員の内側には徒労感が積み重なっていきます。
「ここまでやっているのに、なぜ届かないのか」
この感覚はメンタルヘルスにとって決して良いものではありません。
人は「良い仕事」だけでは満たされない
仕事の満足感は、仕事の質だけで決まるわけではありません。
心理学では、
人のモチベーションは
能力感、自律性、関係性の三つで支えられるとされています。
この中の関係性は単なる人間関係ではありません。
自分の仕事が社会の中で意味を持っていると感じられることも含まれます。
自分の仕事が誰かの役に立っている。社会から認められている。
そう感じられるとき、人は仕事に意味を見出します。
逆にその実感がなければ、どれだけ良い仕事をしていても空虚さが生まれてしまいます。
価値は自然には伝わらない
品質志向の強い会社では、
「良い仕事をしていれば価値は自然に伝わる」
という考えが生まれやすいものです。
しかし現実には価値は自然には伝わりません。
伝える努力をして初めて認識されます。
論語に「名は正さるべし」という言葉があります。
物事は名前を与えられ、言葉にされて初めて社会の中で共有されます。
価値も同じです。
どれほど優れた仕事でも、語られなければ社会には見えません。
そしてこの問題は顧客だけでなく、社員自身にも影響します。
自分たちの仕事が社会に知られていない状態が続くと、
社員は次第に仕事の意味を感じにくくなります。
PRは社員の心理的報酬でもある
情報発信やPRというとマーケティングの話と思われがちです。
しかし産業医の視点から見ると、
それは同時に社員の心理的報酬を生み出す行為でもあります。
自分たちの仕事がメディアで紹介される。
顧客から評価される。
社会で語られる。
そうした出来事が起きると、社員の表情は大きく変わります。
「自分たちの仕事はちゃんと届いていた」
そう実感できるからです。
これは給与とは別の報酬ですが、
働き続けるうえで非常に重要な意味を持ちます。
組織の健康に必要な視点
企業のメンタルヘルスというと、
長時間労働やハラスメント、人間関係の問題が語られることが多いでしょう。
もちろんそれらは重要です。
しかし企業を見ていると、もう一つ見落とされがちな要因があります。
それは、自分たちの仕事が評価されていると感じられるかどうかです。
社員が疲れているとき、
その原因は単なる業務量ではなく、自分たちの努力が社会に届いていないという感覚であることも少なくありません。
価値は伝わって初めて価値になる
品質で勝負する会社は素晴らしいものです。
しかし品質だけでは、人は報われません。
社員が健康に働き続けるためには、
良い仕事をすることだけでなく、
その価値が社会に伝わり、
社員自身がその意味を実感できることが必要です。
言い換えれば、価値は伝わって初めて価値になります。
企業が自分たちの価値を社会に伝えること。
それは単なるPRではありません。
社員が「この仕事をしていてよかった」と思える環境を作ることでもあります。
産業医として企業を見ていると、そのことを強く感じます。
アンドモアー
まあ医療現場でも「価値は自然には伝わらない」わけですが、
産業医業界でも同じですかね。
なにせ他との比較は難しいですし。
そうすると大手紹介業者のきれいな宣伝が刺さってしまったりね。
寄らば大樹、的な。
良きかな平和
業者に頼るしか売りを持たない産業医をお求めの企業がそれだけ多いということでしょうか。
「平和を望むなら戦いに備えよ(Si vis pacem, para bellum)」
という古代ローマの格言もありますが。
日々これ精進。
